日本人と交流分析 No17講座)                 ホームページ

〜日本固有の交流とはなんだろう〜

講師 江花昭一先生 連載の1回目(掲載)

 

 おはようございます。本日は、テーマを大きく構えて日本人の交流分析について私が考えていることをお話したいと思います。といっても、完成された内容ではありません。問題提起をして、皆さまのご批判を仰ぎたいと思います。

 

交流分析を日本でどう受け入れるか

 

まず問題意識からお話しすると、私たちがこれまで学んできた交流分析は、エリック・バーンというカナダ生まれでアメリカ育ちのユダヤ人の先生が創始したものですね。そのような土地の文化を反映した心理学、心理療法なので、それを日本に持ってきて使おうとした時に何かズレがあるのではないか、というものです。日本に交流分析を導入された池見酉次郎先生、杉田峰康先生は、当初から「日本人の交流分析を考えなければならない」ということを言われていました。まさに積年の課題です。

しかし輸入した思想や技術を日本のものに変えていくのは、まずそれを十分身につけ、実践し、その結果を吟味してまた元の思想・技術と照らし合わせる、というプロセスが必要なので、なかなか形にはならないのですね。最近の例では、いわゆる「ブルーの本」があります。イギリスから関係性の交流分析が入ってきたので、杉田先生はそれをどう考えどう受容するのかを考え、日本の文化や実践と付き合わせる方法として、土居健郎という精神分析の先生が提案された「甘えの構造」の視点で見直す、と言われ、ここ何年か交流分析学会の中で検討してこられました。今日は、このような点も織り込んでお話ししていこうと思います。

本日の話題と関連したキーパーソンは4人です。まず、ジグムント・フロイトです。ご存知のように精神分析という学問を作った人です。フロイトを直接取り上げるわけではありませんが、そのお弟子さんたちの精神分析を取り上げていきます。二番目はバーンです。三番目は池見先生で、日本で最初に心療内科を作られました。四番目は杉田先生です。これらの先生方の説を紹介しながら、本日の話を進めていきたいと思います。

全体の流れですが、基本となるバーンの交流分析を再確認し、続いてそれが関係性の交流分析に移りつつあることをお話しいたします。これは「甘え」に関連するので、杉田先生が指摘されているように、日本人の固有の交流、日本の交流分析を検討する際に重要なものだからです。そして最後に、その交流をする自分、日本における自己の有り方を検討していきたいと思います。

 

交流分析の創始者バーン

 

それでは、復習になりますが、バーンの交流分析についてお話ししたいと思います。バーンは1910年に生まれ――今から100年少し前ですね、60歳で死去しています。最初は精神分析を学んでいて、交流分析に本格的に取り組むようになってから亡くなるまでは10年間しかありませんでした。それでもバーンはある程度まとまりのある学問としての実践的な心理学、心理療法を作りました。考えると、とても短い期間です。

その理論を再検討するにあたり、バーンの生い立ちからお話したいと思います。バーンは、カナダ生まれのユダヤ人で、カナダで医学を修めてアメリカに渡りました。そのときにおそらく悩んだ上、エリック・バーンシュタインと言うユダヤ名からエリック・バーンというアメリカ風の名前に変えています。ユダヤ的な文化の中で育って身に付けてきたものを打ち捨ててアメリカに適応しようとしたと考えられます。

バーンは世界中どこでも通用する理論を目指し、それを成し遂げたと言いましたが、フロイトが目指したものもそのような世界的な理論でした。フロイトとバーンはユダヤ人という点で共通しています。ユダヤ人はユダヤ民族の文化の中で育っていますが、ユダヤ出自の理論家は、世界に通用する、ユダヤ文化からも切り離された普遍的な学問を作ろうとする傾向があると言われています。小此木先生によって「非ユダヤ的ユダヤ人」(脱ユダヤがユダヤ人の理論の特徴)と言われたものです。それで、ユダヤ的な文化でもアメリカ的な風土でもなく、全世界的に通用する普遍的な理論にするためにバーンは世界中を巡り、そこでどんな精神医学、精神療法が行われているかを研究し、交流分析が適応できるか否かを確認しようとしました。その中には、アジア、日本も入って行っていたといわれています。

ここからは私の仮説ですが、バーンが作った交流分析は、西洋、東洋を問わない、ほぼ普遍的な内容になったのではないかと思います。ところが、バーンが亡くなった後アメリカの方でお弟子さんたちが継承していったのは、やはりアメリカナイズされたバーン理論という狭さを持つものであり、日本にそれが入ってきて広まりました。

それでは、普遍性を持ったバーンの交流分析とはどのようなものでしょうか。

まずバーンが精神分析家になろうと思い、その学問をよく勉強していたことに注目しましょう。当時の有名な精神分析家(自我心理学派)のポール・フェダーンとエリック・エリクソンを自分の教育分析家とし、その先生に習って精神分析を身に付けていこうとしました。しかし、バーンはその途中で、個人の精神内部のからくりを分析するだけでは飽き足りなくなり、精神から交流の方に視点を向け変えました。精神分析協会に登録して精神分析家になろうと思ったのですが、スタンダードの精神分析とは違うと言われて一旦保留とされ、実質的にはねられました。日本で言えば「味噌汁で顔洗って出直してこい」ということでしょうが、「もう少し勉強してから」と言われたのですね。それで臥薪嘗胆して精神分析家になるか、そうでなくて精神分析から独立してフリーの立場から新しい学問を作るのかという岐路で、バーンは交流分析を作る道を選択したのです。

それで分析対象を交流にしたのですが、交流しているのは丸ごとの人間と人間なので、バーンは当時アメリカで勃興しつつあった人間性心理学を取り入れていきました。人間性心理学では、皆さんご存じの、カウンセリング理論のカール・ロジャーズが有名ですね。また、ゲシュタルト療法を作ったフリッツ・パールズ、あるいは自己実現論のアブラハム・マズローなど、それぞれは独立した学問体系ですが、共通の土台となっているものは「人間を丸ごと捉える、その人間の可能性を信じる」という人間観です。源流はアルフレッド・アドラーですが、バーンはそれらの人間観を統合したのです。

交流分析は、もちろん精神療法ないし心理療法でもあるし、心理学の学問でもあるのですが、治療室やカウンセリングルームという治療場面だけでなく、交流があるようなところではどこでも通用するような学問として体系化していたと言うのが交流分析の優れたところです。

 

交流の分析とパーソナリティ

 

交流はトランザクションの日本語訳ですが、そこにフォーカスを当てた分析が交流分析ですね。分析に当たっては交流をしている人間をそのまま見ることが肝心で、見てわかるというのがポイントです。ただし、精神分析の流れを受け継いでいるので、見てわかるだけではなく、同時にその人間が内面も持っていて何かを体験しているという理解も行うのですが。

このようなことは、バーンが使った「自我状態」という用語――もともとはフェダーンの用語ですが――の定義にも現れています。自我状態は内的に体験している考え=思考、および感じ方=感情ですが、バーンはそれが傍から見てもわかる行動と結びついているもの、一言でいえば思考・感情・行動が一緒になったものが自我状態だと理解しました。心を行動から分けて取り出すことはしませんし、反対に行動も内面から離れて分析することはありません。

要は、交流分析では、その人のパーソナリティを丸ごときちんと捉え、相手のパーソナリティと自分のパーソナリティでしている交流を分析するのですね。別の言い方をすると、交流分析は独自のパーソナリティ理論であり、かつそれに基づいて交流を分析する理論です。パーソナリティ単独で取り上げることはなく、交流しているパーソナリティ、交流している人間を分析するのです。

交流分析のとても重要な概念は二つ、自我状態と人生脚本だと言われます。先にみたように自我状態は、バーンがフェダーン理論から持ってきたものですね。もともとの精神分析では「自我」という用語を使って自分のことを説明していました。フロイト理論では、自我は自分の一部であり、その他に「超自我」と「エス」があるとして、それらで精神が組み立っていると考えました。その自我は、過酷な超自我の監視、検閲と拮抗し、かつエスの領域でどろどろと渦巻いている欲動、欲望、リビドーの欲求を受け入れながら、それらをどう調和させ、どう現実化していくかを考えるものでした。そのような自我は、今日の自我、明日の自我、あるいは午前中の自我と午後の自我というように大きくコロコロ変わることはありませんが、フェダーンは「自我は一種の容れ物であり、その中身の自我状態は変わるんだ」と言ったので、交流でパーソナリティが変化することを見ていたバーンは「これだ」と思ったのです。

人のパーソナリティを見ていると、やはり変わるのですね。仕事中はまじめに、あるいは偉そうに話をしていたのに、夜になると大酒飲んで羽目を外す、落ち着くと冷静に話ができるというように、一日の中でも簡単に変わり、フェダーンはそれを指して自我状態と言いました。なぜ外側に出ているものが変わるのかと言えば、実は内的な体験もその時その時で変わると考え、内部の思考、感情という体験と外部に現れている行動が一致しているのが自我状態であると捉え直し、それがその時々のパーソナリティだとバーンは考えました。

このような交流で変化するパーソナリティ、パーソナリティを構成する要素である自我状態、その自我状態の変化、これらが交流分析の理解では一番大事だとバーンは言ったのです。人は、自分の自我状態をシフトさせ、相手の変化する自我状態とやり取りをしているのですが、この点を分析する理論を採用していればそれは交流分析であるし、この要素が入っていなければそれは交流分析ではないとバーンは断言しました。

(次号に続く)

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